「舞ちゃんが死んだ。」(たいしょう)

2016.09.05.Mon.13:38
「ひとりでできるもん!」の舞ちゃんは、当時の僕が唯一尊敬できた異性だった。

「ひとりでできるもん!」は、1991年からNHK教育テレビで放送され、ヒロインの舞ちゃんの食育をテーマにした番組である。
本編では、舞ちゃんと他キャラクターとのやり取り、料理に合わせた曲とあるが、見せ場はやはり調理シーンだといまも思う。

そもそも子供というのは、母や誰かが作った料理を食べるだけで、自分から料理することはない。手伝わされることはあるが、主導権を握ることはない。
当時の僕は小1で、「今日の夕飯は何かな?」程度でそれ以外に興味なかった。それが、「ひとりでできるもん!」で一変する。

テレビに映る舞ちゃんは一人でなんでも作った。身近な料理から、大人じゃないと作れなさそうな料理を僕らに見せてくれた。
勿論見えないところでスタッフが手を貸しているのだが、そんなこと関係なかった。
子供は自分から調理をしない一方で、大人のやることに憧れる。舞ちゃんは調理という大人がやる行為をすることで、子供が料理に興味を持つことができた。
さらに、小学生ぐらいから子供は異性の違いを自覚し出すが、彼女は別格で、大人の女性(実際は1つ年上)とまでいかないが、素直に尊敬できる異性だった。

僕は、いつの間にか彼女のファンになり、彼女がいなくなるまでの「ひとりでできるもん!」を楽しみにしていた。
もし彼女に出会わなければ、料理なんてすることはなかっただろう。


追伸。
舞ちゃんこと平田実音さん、いままでありがとうございました。そして、心よりご冥福申し上げます。
スポンサーサイト

「舞ちゃんが死んだ。」(ボブ)

2016.09.03.Sat.00:51
「舞ちゃんが死んだ。」
「どこの?え、あの子が死んだのか?」――家や友人の間ではその名前で通じた。
すでに芸能界を引退していて、関係者から知らされたことであって、もう1か月近くも経っているという。

知らないうちに死んでいた元芸能人が
これほど強い「喪失感」
「喪失力」とでも言えるような心を締めつける力をもっているとは
きっとその関係者も思っていなかったかもしれない。

「ひとりでできるもん!」というNHK教育テレビのひとつの番組で彼女が僕たちに残したものは、単純にその番組内容の「料理」だけではない。同じ年頃の女の子が挑戦をすることによって自分たちにも料理を促すとかそういうものじゃない。
むしろ1年生でどれ自分もと試した揚げ物で大失敗し、僕はそれから4年くらい料理をしなくなった。

それでも僕は彼女を観つづけた。
「同じ年頃の女の子が挑戦し続け、大人になっていく姿」
それ自体が、そのテレビ番組のやっていた年頃の僕には強く興味を持たせるものだった。

「同じ年頃の少女が動く」
子役の演技で、何ともいえない手際で料理をしている。

「同じ年頃の少女の姿を学校でまじまじと見ることなんて無かった」
それをテレビではあるものの見ていた。
あの時、自分は彼女に対して一体なにを思っていただろうか。

これは初恋ではない。
うん、確かだ。

たぶん、彼女はそれよりも前の段階で、異性を意識するきっかけ。
異性はずっと見てはいけなくて、絵本やアニメの中にしか居ないと思っていた
あの頃を彼女は終わらせた。
だから彼女の姿は初恋の相手よりもしっかり残っている。

今日まで、たぶんわりと多くの人達も自分のようにいつのまにか彼女を綺麗に忘れ去って
ある時、似た人を見た時とかにふと思い出し、懐かしむ
そういう風にずっと繰り返して来たことだろう。

そして、この死の報に衝撃を受けたことだろう。

僕は彼女がオープニングシーンで、テーマパークへ駆けていくあの姿が好きだ。
それはたった一瞬のこと、いつも見ていた一瞬だ。
でも、その前のシーン。
テレビの舞ちゃんが8月5日にいつもと同じように駆けのぼていった階段は
大人よりも、ずっと先の場所に続いていたのだろうか。

今はその冥福を祈るばかり。


平田 実音 2016年8月5日歿 享年33歳 死因:肝不全
 
経歴:NHK教育テレビ『ひとりでできるもん!』の初代「舞ちゃん」として活躍。

スケベな白髪親父

2015.08.28.Fri.04:02
初めて3大ロック馬鹿映画のひとつ「グレイトロックンロールスウィンドル」を見ていたら
なんかパンクロックの歌詞っていいなぁって久しぶりに思った。
ピストルズとマリリンマンソンを高校時代に聞きまくっていた頃を思い出す
この心境はなんだろう・・・・「いちご白書」をもう一度状態?
いちご白書も見たことがあるんだが、あれ見て何をしたいとユーミンは思ったんだろう?

まぁいいか。

3大ロックンロール馬鹿映画。
別に決まっていることではないが、いろいろ見たところで思ったベスト3というと

1 レットイットビー(黒歴史として販売中止)
2 ラストワルツ(販売中)
3コレ。

1はポールマッカートニーの主導で、ビートルズが久しぶりにライブをするためにセッションをするドキュメンタリーだったが、これのおかげで関係が悪化し解散となったいわくつきの作品。当時録音したゲットバックセッションはその後発売されたがアレンジなどの問題で色々言われていたが、近年アレンジを代えたのを出して、その勢いで映画も出るかなと思ったが・・・まぁ内容がひどいよな。

2は壮大なザ・バンドの解散ライブを映す名目で企画されたが、その解散を考えていたのがギターのロビーロバートソンだけで、ほかは「なんだそりゃ知らんぞ?」ってなっていて、ロビーのみが解散を臭わせることを言い、ほかのメンバーはこれまでの歴史を振り返るというだけ。ライブパートにはボブ・ディランやマディーウォーターズ、ニールヤング、クラプトン他と様々なスターが登場しているにも関わらず、結局はロビー脱退記念ライブということになっただけという。
・・・本当に解散していればすごい作品だったんだけどね。

3はセックスピストルズをプロデュースしたマルコムマクラーレンが、どう考えてもピストルズの解散にヤケになって「これは実は俺様考案のロック詐欺なんですよざまーみろ世界」というもの。事実か虚構かはわからないが「俺tueeeee」を延々言い続けるマルコムがとりあえず嫌いになれる作品である。
シド・ヴィシャスが、ヘロイン中毒でフラフラの中、フランクシナトラのマイウェイをパンクアレンジし歌いきったあと、大歓声の中で観客を射殺する姿は格好よすぎる。当時まだ10代?・・・やべぇと思った10代なんて田中のマー君が最後かな。

さて、ロックンロール映画というと色々ある。
ここで挙げたのは「ドキュメンタリー要素があるように見せて実は・・・」というものの例である。
このほかにもバンドが単純に演じたものでクソなやつはいくらでもあります。ビートルズは全部がクソ映画です。
日本などはグループサウンズがやらかしたのも見たことがありますが・・・あれはひどい。
実存のバンドを演じたというものありますね、近年公開されたラストデイズ(ニルヴァーナのカートコバーンが自殺する前の話)とか
見るに値しません。どこでなにを思えばいいのかわかりませんでした。
シド&ナンシーやジョン&ヨーコなどのいわくのあるロックなカップルはよくネタにされますがこれも酷い。
ジョンレノンは個人的にも好きですが「イマジン」見るくらいなら、ライブ映像見たほうがいいですね。
実在しないバンドをネタにしたもので、逆にいいなぁと思ったのは「あの頃ペニーレインと」なんて良かったです。
映画は映画、音楽は音楽と分けてみるべきで、ドキュメンタリーにするなら本当にドキュメンタリーにしないとクソです。
好きなドキュメンタリーでは「ウッドストック」ですかね。「マッドドッグス&イングリッシュメン」はドキュだっけかな?
挙げるとキリがないんですがだいたい洋楽です。最近のって言うと「リヴフォーエバー」とか、ミッシェルのTHEE MOVIEとか
やま、完全にシュミに偏ってますけど。

さて、そんなわけで。
パンク精神が爆発したんで
以下のようなクソな詩を書いてしまいました。
本当にすんません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

題 「スケベな白髪親父」

ケンタッキーは中国孤児の肉片、味見をしたのはスケベな白髪親父
泣く泣く解体して精神疾患を患った婆さんたちを辞めさせて
ホームレスみたいな中国人をアメリカに密入国させたら
奴らは淡々と皮をはぎ、手足を毟り取った

笑いが止まらない世界征服、スケベな白髪親父
日本に来た時もそうだったよ、初めて出した渋谷の一号店の
店員は全員在日中国人で、どいつもこいつも前職は横浜の中華街の肉まん売り
やつらは白んぼの言いなりでかまわない、金さえ入れば問題ないんだ

ケンタッキーよ滅んでしまえ
孤児は今じゃケニア製
ケンタッキーよ滅んでしまえ
今じゃファミリーマートより不味い

レッドホットは韓国の自殺者
骨なしチキンはイスラム国
フィッシュサンドはアイルランドから
日本製品は六本木だけ

ケンタッキーよ滅んでしまえ
マクドナルドが地獄で待ってるよ
ケンタッキーよ滅んでしまえ
ローソンが電柱の陰で笑ってる

馬鹿みたいにクリスマスは長蛇の列で、どいつもこいつも予約済
テレビのインタビューで9月から予約してるBBAが余裕ぶっこいている
そんな時代もありました
今じゃ「当日からでも遅くありません」
「ぜひ予約をしてやってくださいよ、ヒマだから」ってさ

ケンタッキーよ滅んでしまえ
マクドナルドが地獄で待ってるよ
ケンタッキーよ滅んでしまえ
デイリーヤマザキはウインナーしか作れない

ケンタッキーよ滅んでしまえ、食いたくなるから
ケンタッキーよ滅んでしまえ、香料から麻薬成分
ケンタッキーよ滅んでしまえ、平凡な日本人の習慣をぶち壊すな
ケンタッキーよ滅んでしまえ、フライドチキンはTPPで安くなるって
ケンタッキーよ滅んでしまえ、今すぐに

50位

2015.07.27.Mon.20:08
詩のランキングで50位になっていた。

へぇ・・・。

嬉しくなるなぁ。

1575人中の50位っていのうはどういうことなのか?
この結果はいいことなのか違うのか全然わからないが
良い感じには思える。

丁度短編を勢い任せにガンガン書いていてネタが切れたので
言葉やキーワードとして頭にあったものを詩としてやってみてまた今後の動向を見てこう。

50位か。

俺の学校は県で1番のバカ学校だったので、そこでずっと10位~30位というのを取ってきても嬉しくなかったので
こういうところでなんか数字が出ると嬉しいものだ。


どういう結果なのかはわからないけど。


数字って大事だよなぁ。

まぁそれに対してコメントとかイイネとかが無いっていうことは
良くないってことなんだろう。

もうちょっと練りまくった詩を書こう。

出るものは出るから止まらないけど。

革命・アメイロ玉葱派

2014.08.14.Thu.22:23
俺は料理をする。
料理歴は長い、小学校の実習から今年で20年目になる。

しかし、男というやつはどうも「肉」+「焼く」+「食う」=「料理」と誤解している節があるのではないかと常々思っている。
そこで20年目を迎えた今年、おれは一大決心、原点回帰としてカレーを作ることにした。

思えば、俺が最後にカレーを作ったのは、おそらくミスター味っ子の2巻あたりでカレー対決を見た時の事だ。
母親に車を飛ばさせ…店を練り歩いて買った軍鶏をヨーグルトとパインの汁に1日漬け込み(肉にこだわりを見せたくせに野菜には何も特異なこともせず)肉をのぞけば普通に作った普通のカレーに、ワサビ、からし、ウインナー用のつぶマスタード、そして俺が当時やたら食っていた(そのせいで凄惨ないじめを受けていた)にんにく(ただし、おろしチューブである。)を入れたものを作り上げた。

3日残った。

夏の日の事だ。

夏の3日は死を意味する。

当時、我が家の冷蔵庫に寸胴を入れるほどの器もないので、仕方ないと俺と母親は3食カレーと続けたものの、ついに捨てることとなった。

最後、無理やり食わせた弟が腹を下したのだ。

俺にはもうカレーを作る資格はない。



あれから19年。
主に肉を焼く以外にはパスタを茹でるかナッツを食ってるしか脳のない村上春樹みたいな生き様で今日を迎えたのだ。
(…おかしいな、なぜ俺は村上ではないのだろう?肉食ってるからだろうか、食わなければセックスが頻繁にできるのだろうか?まさか、バカバカしい、あいつの書くものはどうやっても非現実的、うすっぺら野郎め。)

だから俺は思った。
こんな生き様は捨ててやる。
「よし、カレーを作ろう。」

日々の仕事を淡々とこなしては淡々と上司に謝罪する毎日に、劇的な変化を与えるために!
俺は常々何かを変えようと必死であった。

その結果がカレーを作ることだった。

実を言えば、もうひとつプランがあったのだが…(エホバと創価学会じゃもうネタギレというか、ぶっちゃけ味気ないので…と)というのも革マル派の集会に参加しようかと思った。
…が、親が泣くだろうからやめた。
(…きっとどこぞのSNSで革マルのオフ会とかあると思うんだけどな…ちょっと行ってみたいかも。)

ちなみに右翼活動に参加した時は「家を出ろ」と言われた。

俺「デモに参加して来たんだけど、おれ公安の人に名前聞かれた(笑顔)」
母「あんたなんて知らない、もう出てけ(苦笑)」
父「ふん…(失笑)」

…大丈夫、昔の話だから、いまはもう働いているから。

さて。

カレーの作り方についてはみなさんもご承知かと思いますが。
わからない人のために、おさらいの意味も込めて書いておきましょう。

まず、にんじん、たまねぎ、じゃがいもを適当に切り。
圧力寸胴の中で炒めつづけ。
適度に連中が萎えてきたところで、まぁ…肉を投げてよこし。
また炒めつけ、フフ、連中…まぁ惨めな状態になったところで追い打ちをかけるかのごとく水をぶっかけってやり。
あとは…。…?…ん~鍋を、火にかけたままにする。
…あ~、たぶん中火じゃないですかね。
それから…まぁたぶん、グラグラしてきたらカレールーを入れて。
あとは、たしか、まぁカレーのルーが全部溶けるように延々とまぁ鍋をかき回しつづける。
もちろん米もとぐ。
…でまぁ、といで、まぁうち無洗米だからいいんだが、めもりピッタリに水を入れて、まぁあとは炊飯スイッチを入れりゃあ、まぁご飯炊けるわな。

さて、ここからが本題だ。

19年前の失敗から成長し、来年の1月には30になる前に俺は、おれのオリジナルカレーを作らなくてはならないとカレーの制作中に思ったわけだ。

つまり、ここまでの経緯とか話すべて嘘だ。
たしかに革マルは気になるし村上は嫌いだ
それとアレなカレーを作って以降カレーにアレンジをしたことはないが、
とにかく嘘だ!右翼もウソ!丁度カレー作ってたんだよ!

いいかミスター味っ子、おれはもう子供じゃねぇ。
お前のガキの話なんて読む気もしない!

中華一番、オーマイコンブ、クッキングパパにザ・シェフ、美味しんぼ、出て行け。
おれはすべての邪念を払いのけ、俺の19年で一番うまいと思ったカレーを思い浮かべた。

うん、どっかのレトルトの、アメイロ玉葱を売り文句にした、レトルトカレーが美味かった気がする。

あ~、いやぁ・・・まぁ、ね。それにしても「アメイロ玉葱」と書くと、なんとなく昭和レトロだ。
しかし昭和にありがちな逆読みをすると「葱玉ロイメア」
なんとなくV系か深夜にやってそうなSFアニメのタイトルに見える、アングラのバンドといった感じもするね。
倉橋ヨエコと東京事変を混ぜてえらいネオゴシックな恰好をしてそうな。

話を戻そう。
そう、アメイロ玉葱を作れば、たぶんカレーうまくなるんじゃねえか?という妥協としか思えない考えのもと、とりあえず成功することを再前提に俺は作ることとなった。

しかしそれじゃあまりにも妥当過ぎる。
ではどうするべきか?そこで俺は汚い大人よろしく一歩間違えて致命傷にはならないような安牌というものをカレーに使うことにした。
「安牌も点数、数打てば革命に繋がるのだ。」と、おれはヒットラーとレーニンの名言をググって思い、先月から信条にしている。

買ってきた安牌は3つだ。

①絶対に不味くならないはずの中華スープの素「味覇」
②どうせちょっとしかつかわない「バジルの葉」
③溶かせば大丈夫「赤味噌」 ④卵黄 ⑤ささみ

ささみはもちろん肉として使用する、それ以外にない。
これまで俺はささみをあまり食することがなかったのだが、先日実家の冷蔵庫を見たところささみと卵とネギしかなかったので、ささみをミンチにして、チューブのおろし生姜、キムチの素、めんつゆに半日漬けて卵とネギをぶちこんでチャーハンにしたところこれが異常に美味しかったので以来おれはささみの可能性について検討していこうと研究を続けている。

おれはまず当然のごとくささみをミンチにした。

ささみさんというアニメで声優をされた阿澄佳奈さんの事をふと思った。

ささみは今ズタズタになっている。阿澄さんは今年結婚されたという。

これはただのミンチだ、ふと思うなら元広島⇒元ロッテのネイサン・ミンチー投手を考えるべきだ。…阿澄さん、結婚おめでとう。

おれはミンチをビニール袋に入れると、なんとなく家にあったバジルソルトとオリーブオイルを入れて、ささみを揉みしだいた。

ふと、阿澄さんは巨乳で有名であったことを思い出した。…阿澄さん、結婚おめでとう。

さて、これが本当に大事な部分だが、アメイロ玉葱というやつを、皆さんは作ったことがあるでしょうか?おおよそ思い浮かべることができると思いますが玉葱をみじん切りにしたものを色が変わるまで炒め続けるというものです。
そう、それはゆるぎない事実の製造工程でありますが、なにせその色が変わるまでの時間というものはえらく長いのです。

「生きているとゆーことがーこんなにつーらいなんてー♪」
と脳内で歌いながら別で用意したフライパンに油をしいて炒め続けていたところ。

5分。

「アメイロタマネーギガー♪ゼンゼンデキネェジャンカ、だるい。」
てやんでぇバーローめ、こちとら千葉県船橋市民だが生まれは一応下町の江戸っ子!競走馬の心拍数数えるみたいにとっととやっちまいてぇんだ畜生め。
…いっそサラダ油をじゃんじゃん注いでフライドオニオンの揚げ屑みたいにすればいいかと考えましたが、俺は当初の「カレーに勝つ」という目的を思い出し…仕方なく「nanapi」というサイトにてレシピを見つけました。

http://nanapi.jp/2255/

ここまで来てサイトURLを置くなんて業者みたいな先導になってしまうので簡単に言いますと、なんと普通は20分もこれをやってなくてはいけないというのです。

無理である。

仕方ないので俺はこのサイトの教えに沿って、すでに火を通し、油も含んではいるがまだ玉葱らしい白さを保っているそいつを耐熱皿の上に置き、温めたのです。

30秒で不安になったのでやめました。

しかしその効果もあってか…あったのか、再び戻したフライパンで奇跡のように茶色になったのです。

もう俺の勝利は決まった。

30手前でようやく俺のカレーが作れる…そう確信しました。

というのも、あとは大した問題ではありません。
圧力鍋で先に作っておいたオーソドックスなカレーに玉葱をいれてかき混ぜ。ミンチになったささみを忘れていたのでレンジで火を通して入れてかき混ぜ。
そして、お湯で緩く溶かした味覇と赤味噌の混合物を風味をつける程度に居れてみて、ルーは完成。

カレールーをカレー皿に盛り、茶碗に盛ったご飯をそっと中心に置き、ご飯の上にくぼみを作り、そっと卵黄を乗せ。とりあえず刻んでみたバジルをまぶしてついに俺のカレーライスが完成した。

若干…刻んだバジルが、なんか刻んだシソの葉のように見えたがどうだっていい。

おれは記念として写真に貼ってツイッターにアップしようかと考えた。

やめておいた。

おれはあんなものをラインやらツイッターやらにアップしてグルメ気どりをする連中を心底軽蔑していた。

いいんだもう、そんなもの。

今は目の前にある、妥当でも勝ったことに違いないカレーを食って、俺は自分の殻を打ち破ろう。
おれはスプーンを手にとってひと匙目を食った。

これぞ俺の人生の味。

そのカレーの味ときたらもう渋くてかつ苦くてしょっぱい。