タンテイ・アンダードッグ 序章 ⑤「One Headlight」

2014.11.03.Mon.06:10


夜の、丘の上の公園は誰も居なかった。

入り口の階段は木々の緑に囲まれ、その階段も非常に高い。
丘にはそこまでの道路もあったがそれも探しでもしない限り入り口を見つけにくく、さらに丘の上へと登っていく道はここら一帯の地主の一族の墓がいくつもありそれが不気味で誰も来ようとはしない。
公園はそんなものだから頻繁に整備などされていない、役所もここの存在なんて忘れているのかもしれない。
錆びた鎖やボロボロの縄に縛られて使えなくなった遊具と、誰かが壊したコカ・コーラのベンチしかない。
もう何年もこんなままだ。
俺は座るところもなく、だいぶ錆びの目立ってきた銀のボディに茶色のシートのボルティにまたがって、静かに煙草に火をつけた。
咥えた煙草の火の先には、昇る火の粉のように、この公園への入り口のある、この丘の下の道を走り去っていった無数のテールライトがあった。
その光を目で追っていくと、さらに無数の光があった。
「お呼びじゃねぇ…」呟いたらぼろぼろと涙が出た。あの光の中なんてまるでお呼びじゃない。きっと、なにか大事なものを手に入れることもできず、あの中で適当なものばかり手に入れて、いろんな大事なものを奪われていく。
おれには「手に入れる」なんて無理だ。目的のものなんてないからだ。
あそこ行って何をするっていうんだ?行って観光でもするのか?
違う、おれがつまり言いたいのは生活だよ。
おれはあそこで生活なんてできない。
おれはあそこで何になる?なんでもない適当な仕事を見つけて、適当なアパートで暮らして、三食は牛丼屋、給料日は酒を飲みに行って、最初の休みの夕飯はピザか焼肉、休日はネットカフェで過ごすか宛てもなく郊外にツーリングか。
仕事は毎日同じ作業と違う作業をやって、脳みそは静動の繰り返しでパンパン、楽な稼ぎ方を考えてスロットの話を先輩から聞いてみてスロット仲間になってしまう。
汗臭い男ばかりかババアばかりの仕事だったらどうしようか?女のいない生活にうんざりして風俗に通っていたろうさ、120分コースに普通より1万多く払って化粧の濃い女に咥えてもらい60分、抱きしめてもらいながら涙流して愚痴を聞いてもらって60分、いつのまにかそいつを指名するようになってさらに金を出費。
家賃、水道代、ガス代、定期代、食事代、ケータイ代、毎月毎月毎月毎月…安月給ならあっというまに金なんて消えちまって、そんな何もない生活続けて、俺は色々失って、奪われて・・・・・おれは老けていく。

おじさんと言われる。

頭にはゆっくりと白髪かハゲが混じっていき、シワが出る。

久しぶりに地元に帰れば地元の、昔好きだった女なんかはほうれい線やらシミやら、そんで手がシワシワ。

ダチがハゲてたり、結婚したり、子供できたりして、赤ん坊ならまだいいけど、中学生になってきたら俺はいよいよ老けたと自覚するだろうな…わかるか?速けりゃおれら30歳でガキは中学生だぜ?…ちなみにおれ、今年で32なんだが・・・。

「あち」
咥えた煙草がフィルターにまで火がついていて、おれは思わず咥えたばこを吹き飛ばして、バイクから降り踏みつけた。
つまり、おれは、そうなるのが嫌なんだ。

あそこは時間がどこよりも流れすぎていて、自覚なんてない。
たとえば、いくつもあるビルの中でどれかひとつぶっ壊しても気にもしないし、作ったってわからない。
走っている電車の車両が新しくなっても、古い車両と交互に見ていると、新しいのにのれてラッキーとかすら思わない。
その電車の中にはどれだけの人間が居るんだろうか?オフピークですらうんざりしているだろう。
あそこで、人生満喫できないかぎりやってけないんだろうって思う。
バイクに再びまたがって、タバコに火を点ける。

よくいうさ、時間は作るものだ。
スケジュールにはイベントだらけ、すべての行動を仕事にかえて、時間を作りだしたり、すべての行動をイベントに代えて充実感を生み出したり、おれはそんな計算なんてできないし、動くことがリラックスとは思えない。

バカみてぇだ、やってられっか。
お呼びじゃないんだよ俺なんて。
冗談じゃない。
そんなこたできねぇ。
なら、なぜ涙がこぼれるのか。
俺に畜生と思う資格なんざねぇだろ。
そう言いたいんだろう?

答えは簡単だ。

おれはあっちの人間じゃなくて、こっちの人間で
豚がブヒーと鳴くように、そういう台詞を吐くことが
こっちの人間の当たり前だからだ。

「おれは豚だな。『街』に住めない『町』の豚。」

「なんかロマンのかけらもないさみしい事言ってるね。」ボルティにふと体重がかかる。
「…おぉおい!?」驚いて勢いよく前のめりになりタコメーターで心臓をやられた。
「んでいんの?いっ…え?なにやってんのよ、幽霊かよ、こんな時間に、うーいてぇ。」
胸部をさすっていると彼女は背中をさすってきた。
「いやぁ、泣いてた。振られた…あと裏切られた。ホレたのに彼女いんの知らんかった、告白勧めた友達の友達が彼女ってさ、悪意あんじゃん?」そういう彼女にはしっかりと涙の跡があり、目も、見えないが、赤くうるんでる気がする。

彼女は川久保マイ、名前の漢字は知らない。
先ほどダラダラと言っていた中に紛れ込ませた地元の好きだった川久保(旧姓:門脇)加奈という女(中学の先輩)がおれの同級と付き合って16歳の時に産んだ…たしかいま高校生。

いまのこいつと同じく。告白する前にカレシ…どころかタツノオトシゴがいた川久保先輩は、俺の気持ちなどちっともわからないままで今日までおれと元・先輩と元・後輩、そして夫は元・同級という交友関係にある。・・・と、思っている。
そら俺だって複雑な気分だったので高校時代は県外の高校へ行っていたし、大学では一人暮らしをしていた。
しかし、俺が大学を出て就職ができずとりあえず地元に戻ってきたころ、何年かごしの結婚式をすると言って招待状を送ってきた。
なんとなく(本当になんとなく)で行ってみたところで関係が再び深くなってしまったのだが、しかし、だって相手二人はそんな4年のブランクを感じさせない馴れ馴れしい動きで迫ってきやがるんだもの。

まぁ交友関係あっての・・・その流れで先輩はたまにこの(因縁のタツノオトシゴである)娘を預けてきたわけで、まぁそれも小学4年生になるまでだったな。

小学校高学年になってからはろくに顔を見る事もなくなったが、近所でみかければ一言挨拶ぐらいは…しろよこいつ。(俺はしている。)

「送ってよ」「いやメットねぇじゃん」「あるよ、チャリの」
「チャリ乗れよ」「壊れた、ブレーキ、で、面倒くなって野宿すっかなと諦めてた。」
「確実に死ぬじゃん秋深しだ、秋なめんな。つーかお前1キロ圏内じゃん。俺もだけどさ。」
「…まぁまぁ乗っけてよ」「…まぁ、乗っけるよ…あのさ、親に連絡しとけよ?」
「6時にメールした、友達ん家泊まるって」「トモダチは?」「その裏切り者」「…戻ったらチェーンってオチだな。」
「起こせないから、泊めてくんない?いま12時だし、6時間半くらい。」 「…」

「ハッキリいっとく、おまえのママにお前そっくりだろ?おれやばいと思わない?」
彼女は知っていた。
親に似ずそういう部分(ただし他人の)に敏感なようで、おれが先輩に好意を抱いていたことを彼女が小学4年の頃に看破された、その時以降(俺のほうから)疎遠である。
「うん、だから風呂いっしょに入るの辞めた~、小学2年ん時。」
もし小学2年の頃から知っていたとしたら笑える。
「…あそぅ。…警戒してんなら安心だな、うん。でもね、ひとつ言っとくわ」
「なに?」

「おれ今、お前のママと同じくらいの年齢のデリヘルの人にお世話になってるから、ないから、安心だろ?」

「…さむいわ。」

「はい、さっさと帰ろう。」

キーを捻って、ボルティに火を点ける。白いヘルメットを被った少女が、抱き着くと、ずいぶん昔の事が頭に浮かんだ。

「なんだかなぁ・・・。」

ゆっくりと坂を下り、丘の下の道路に紛れていく、小さな火の粉は遠くの光とは真逆の方向へと消えていった。



以上、序章(完)


スポンサーサイト

タンテイ・アンダードッグ 序章 ④「失った顔」

2014.11.01.Sat.02:43
ここは屋上。

30階や40階はあるだろう高層ビル群の中に建つ、15階建の屋上。
昼の12時を回ると、地上には何人もの人間が様々な目的地へと、色々な足取りで移動している。
それらの軌跡を線として残したらどんな形になるだろう、と、昨日は考えていた。
今日は彼らの顔を見る曜日だ、15階はまだ辛うじて肉眼でその表情を伺える(あるいはそう見えるだけでまったく違うかもしれないが)なので僕は彼らが一体なにを今考えて歩いているのだろうと考察してみた。
彼は、おそらく仕事のことを考えているのだろうな。あの集団は、誰か、上司かな、きっと上司の理不尽を共有しているのだろう。
あの女性は、きっと昼食を購入しに行くのだろう、出遅れたような顔で急いでいるから。
あっちの女性は、きっと自分がツイッターでつぶやいた事に対するコメントにレスポンスを返しているのだろう、ビニール袋を持ったまま立ち止まってスマートフォンをいじっている。
白いワゴンから降りたあの作業員は眠たそうな顔をしている、昼食をすることもなく昼寝の場所を探しそうだ。
ああ、あの男女はカップルではないな、鞄を持っている、おそらく取引先にでもいくのか、あるいはその帰りだろうか…うんざりしたような顔で見あっているところを見ると帰りだろうか。

どれもこれもまるで先週と同じだった。

先週も先々週と同じだと感じていた。

おそらく違う時間でも、この場所には「その時間ごとのそんな人たち」しかいないのだろう。
いまさらかもしれないが、違う人間になりたいと思う。せめて、違う人間の居る場所に行きたい、毎日々々が違う顔で、まったく読めないような人たちと出会いたいと思う。
どの顔を見ても、自分がいつかしたような顔をしている誰かしかいない世界はうんざりだ、若い頃と比べて自分の表情にバリエーションが減っていっている気がする、とんでもなく驚いたときの顔も、怒りに溢れた顔も、うるさいくらいに大声で笑った時の顔も失われた。顔も、声や言葉も、どんどん自分から失われてしまい、自分の笑いも、怒りも「本物なのか?」と考え、それらは「嘘」であると思ってしまう、おそらくそうだろう。
「無表情だとコワモテかもしれないけど、とても優しい顔ができるのね」とあの女に言われた時がとても嫌だった。
僕はいま「大人の顔」をして彼女に触れているのだろうと感じた。
「こんな顔は嫌いだろ、おれは嫌いだよ」と言ってみたら「そんなことないよ」と彼女は言った。
「けっこう好き」と添えて。
だから、僕は彼女を引き寄せて、腰に手をまわして「腹の音を聞かせてよ、ゴロゴロ言ってるの、今晩のメシを消化して、クソになるのを聞くんだよ、かわいいなぁ、かわいいさ…あ、ほらいまだよ、俺の顔見て?」と顔を覗かせた。
彼女は「変らないよ?」と言った。
僕はどうやっても剥がせない能面をしているようだ。筋肉が膠着したのか、顔面のストレッチが足りないのか、神経麻痺とかではないだろうか、彼女の腰から離れるとマッサージをしてみた。
ベッドの前の壁に張り付いた鏡の中にはやはり「嘘の顔」だ。
ありきたりな顔、あの屋上から見下ろした人間のうちの誰かの顔、誰かの口調、やっぱりそうだ。
僕はあえて、顔を作った。
昔していたと思う表情をして、彼女にその顔を見せた。そしてそのまま迫ってみると、彼女は噴き出して笑ったが
そのまま続けていると、困惑し、やがて不快そうに彼女から表情は失われていった。
馬鹿にされていると誤解を受けた、どうしてだかは解らない。
彼女が年齢に自分と多少の差があった。年上の僕が彼女の手を握り、腰をよせて、腹と腹、胸と胸をふれあわせてみたところで、作った表情が僕に余裕を感じて気に障ったようだった。
「ごめん」と、僕は謝った。

そして僕はますます麻痺した、けれど彼女はそれをしばらく嬉しがった。
屋上で、買った弁当を食べながら、今日、背中で見ていたのは顔。

明日は何を見るだろう、少なくとも無数の「僕の顔」を見るのはこれで終わり。